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2015.09.03 15:45 |カテゴリ:国内コメント(0)

佐野エンブレムの審査委員の一人、永井一正が黒すぎて草


tashiro.png

1:2015/09/02(水)23:25:20 ID:
1964 東京オリンピックエンブレム
 亀倉、永井を含む6名の指名コンペ
 永井は亀倉のフォントをパクった案を出したが見事落選

1972 札幌オリンピックエンブレム
 永井を含む8名の指名コンペ
 永井案は東京オリンピックエンブレムを半分に分けて間に家紋の初雪を配置しただけ。ある意味佐野よりひどいパクリ

1998 長野オリンピックエンブレム
 国際コンペで1000件以上の応募
 アメリカ広告会社に勤めていた篠塚案が採用され、これに伴い広告仕事はアメリカ広告会社が独占することになった。
 永井が応募したかどうかは不明だが、永井がしきりに長野オリンピックの広告は失敗だったと断言したり、
 日本オリンピックデザインの話で長野オリンピックだけを省いてたのは、
 博報堂があまり関わることが出来なかったためと思われる。
 
2020 東京オリンピックエンブレム
 応募資格者は7つの広告賞(うち国内の賞5つ)のうち2つ以上を受賞した者のみ
 もちろんアメリカで働いていた篠塚や、大学生だった島峰(招致ロゴ制作者)は応募条件を満たせず。
 応募は104件となり、海外からの応募はたったの4件
 公募時に入選は8件としていたはずが最終選考には4件しか残らず、入選は3件のみとなった。
 選考方法は色違いのコインを置く方法で、 永井と違う案を選んだらわかる仕組みのため、
 永井の仲間(博報堂出身者、多摩美大教授、東京アートディレクターズクラブ等)への同調圧力が強かったと見られる。
 なお、審査員8名のうち7名は博報堂出身者か多摩美大教授か東京アートディレクターズクラブ会員のいずれか(重複あり)である。
 また、いずれも該当しない残り1名(電通出身者)は佐野と一緒に仕事(トートバッグデザイン)している。
 もちろん、佐野も博報堂出身者で多摩美大教授で東京アートディレクターズクラブ会員である。

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2:2015/09/02(水)23:29:14 ID:
永井一行
3:2015/09/02(水)23:30:00 ID:
ここはネット投票でどや
4:2015/09/02(水)23:30:47 ID:
>>3
外国勢も参戦してグッダグダやろうな
6:2015/09/02(水)23:33:49 ID:
>>3>>4同意
8:2015/09/02(水)23:35:43 ID:
>>3
川崎事件みたいになりそう
11:2015/09/02(水)23:43:48 ID:
>>3
ルイズが選考に残りそう
7:2015/09/02(水)23:35:01 ID:
ネット投票やとロゴは野獣先輩で決まりやな
9:2015/09/02(水)23:38:57 ID:
松崎しげる的な意味かとおもった
10:2015/09/02(水)23:42:10 ID:
それで責任者は誰なんや?
12:2015/09/02(水)23:54:14 ID:
まじかよ永井一郎最低だな
13:2015/09/02(水)23:58:06 ID:
>>12
もう死んでるだろ!いい加減にしろ!
14:2015/09/02(水)23:58:55 ID:
波平ヘーイ!
15:2015/09/03(木)15:02:47 ID:
マジでこいつを特定しろや
16:2015/09/03(木)15:03:32 ID:
17:2015/09/02(水)23:31:23 ID:

よっしゃ田代砲や!


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